アマト物語 神話創世編 天都亜久太  ——遥かな、遠い昔。 地球に大陸のような巨大な島が存在し、 そこに、畏るべき国が存在していた。 その国は、人類史上類い稀な発展を成し遂げ、 世界で最も繁栄し、最も強く、最も美しい国であった。 その国の名は「アマト」。太陽の国という意味である。 アマトはまさに太陽のように光り輝いていた。 だがアマトは、闇を恐れ、光に溺れた。 優れた国が世界を支配すべきだと考えた。 そしてアマトは、正義と神の名のもとに 海を越え、世界統一という大事業を開始したのである…… 目次(仮) 序章 国譲り 帝国の時代 第1章 ワコクの王 赴任してきた男 新年 戦士の嘆き 北国のマツリ オン行使 無理難題 アマトの血脈 浮かんだ男 王族の証し 第2章 帝都 第3章 聖戦 第4章 希望 序章 国譲り ——遥かに遠い昔。夏のある日の太平洋の上空…… そこには太陽が天頂に強く輝やき、天空には抜ける様な濃い青空が広がり、その下には見渡す限りの白い雲海が広がっていた。  その静寂に包まれた雲海の上を、西に向かってほとんど音も無く弾丸のように飛行している30ほどの黒っぽい物体が有った……  それは近づいて見れば、全長50〜150メートルほどの巨大な飛行物体で、例えるなら葦船や屋形船のような形をしていた。もちろん、その材質は木や葦では無い。船体は金属や焼き物らしき物質で重厚に構成されており、甲板から上は照りつける太陽の光で輝き、船腹や船底は土器の様な鈍い色をしていた。驚くべき事に、この飛行物体は空を飛んでいるのに、翼はもちろん、プロペラの類いもまったく無かった。ジェット機やロケットの様な噴射口も無い。どう見ても船としか呼べない形状だった。アマトは、この空飛ぶ船を「鳥船(とりふね)」と呼んでいた。  鳥船に翼やプロペラが無いのは、電気の力を直接推進力に利用しているためである。またその原理の影響で、鳥船の船腹には火花のような強い光が連続して発生しており、時おりバチバチと言う音も聞こえた。夜間飛行の時はこの光がかなり遠くからでも見え、弾丸のように飛行する鳥船はまるで流星のようにも見えた。  この鳥船の集団は、ある重大な任務のため前日にアマト本土を離陸し、そしてまる一日以上、ずっと雲海の上を弾丸のように流星のように、ただひたすら一直線に飛行していた。  艦隊の中央に全長150メートルほどの鳥船がいた。この鳥船が艦隊最大で、甲板中央には派手な文様が描かれた巨大な艦橋がそびえ、その大きさと色鮮やかさは艦隊の中で際立っていた。この威容を誇る鳥船が旗艦であり、その前方と左右には、装飾の少ない地味な印象の中型の鳥船が護衛するように多数展開し、後方には前後に金具を付けた鳥船が付き従っていた。アマトの鳥船艦隊はもうすぐ太平洋を渡り終え、大陸の東岸に到達しようとしていた。  旗艦の艦橋の最上階に、白を基調とし気品のある調度品が置かれた豪華な船室があった。その船室の一画に豪奢な机が置かれ、金髪の落ち着いた雰囲気の中年女性が、机とセットになった椅子に座っていた。この女性は部屋と調和する衣装を身にまとい、豪奢な部屋や衣装に負けないぐらいの気品があった。そして時おり眉間に皺を作り、真面目な表情で机の上の書類に目を通していた。  するとドアをノックする音が聞こえ、女が許可すると白い着物を着た白髪の男が入って来た。その男は顔も白く目の周りに隈を入れており面長であり鼻が高かった。  白い男は背筋を伸ばし女の側まで歩くと、礼儀正しく深くお辞儀をし、若干甲高い声を発した。 「総大将様、もうすぐ目的地でございます。」  白い男のその声に、金髪の中年女性は反応し書類を机に置いた。そして先ほどとは打って変わった高慢な表情になり残酷な笑みを浮かべた。 「いよいよ始まるのだな。」  その言葉に男は同意をして頷き、一呼吸置いてまた深くお辞儀をすると踵を返し部屋を出て行った。重大な任務は近づきつつ有った。  艦橋の上部に広い操縦室が有り、数十人の乗組員が座って作業をしていた。ある者は計器に向かい器具を操作し、ある者は机に向かって計算していた。先程の白い男は操縦室に入ると、やや後方にある座席に座り、隣に座る艦長と打ち合わせを始めた。操縦室は天井が高く、壁や天井には大カガミが幾つも並び、カガミは鳥船の周囲の映像を鮮やかに映しだしていた。机や低い壁際にも船の状況を示す小型のカガミや計器が多数並んでおり、そのため操縦室は複雑な作りであり色鮮やかな光が満ちていた。  ほどなくして、輝くティアラをかぶった総大将の女が、精緻な文様の入った輝く薄紫色のマントを翻して入室して来た。乗組員は一斉に起立し最敬礼をした。総大将の女は、艦長席の後方の更に一段高くなっている特別席まで歩くと、ゆったりと腰掛けしげしげと室内を見回した。  白い男が振り向き総大将の女に声をかけた。 「まもなく大国主の居るイズモに到着します。」  それを聞いて総大将の女は深く頷いた。  正面の大カガミには、雲の切れ間から陸地が見えていた。その地がイズモだった。総大将の女はカガミを見つめながら深呼吸をすると、机上に有ったマイクに口を近づけた。そして全艦隊放送のスイッチを押し、歯切れの良い威厳のある声で号令を発した。 「総員、戦闘準備!」  その命令は艦隊の隅々にまで伝わった。艦内は慌ただしくなり、鳥船艦隊は一斉に速度を落としながら下降し雲の下に出た。雲の下に出たことで、鳥船からは眼下に広がる蒼い海と、前方にそびえる高い山と陸地がはっきり見えた。すると、待ちかねたように大柄の兵士が、ぞろぞろ甲板に出て来た。そして兵士たちは思い思いに動き、鎧を身に付けたり準備体操をしたりし、前方を見ては腕を突き上げ、何度も咆哮し歓声を上げていた。 ——大陸の東部には、2つの大河が流れる広大な平原が存在していた。そこは「アシハラ」と呼ばれていた。アシハラには百以上の国があり別々に王が居たが、「大国主」という全体を統べる大王が存在していた。大国主の祖先は、何万年も前にアシハラに移住し、苦労をして国を築いた伝説の英雄だった。アシハラの諸王は、今でも大国主を敬愛していた。世界統一の野望を持ったアマトは、まずアシハラを標的とし、鍵となる大国主に狙いを定めた。  大国主は夏になると、アシハラの北方に位置するイズモという小国の神殿に滞在することが多かった。そこは海に面しており風光明媚で、家族を愛する大国主は、毎年のように家族と一緒に避暑をかねて滞在していた。アマトはこの時期を狙っていた。大国主がイズモに入ったという情報をつかむと、秘密裏に鳥船艦隊を出発させ、今まさにイズモの海岸に到着しようとしていたのである……  イズモの海辺に面した立派な神殿の、太い木の柱が林立する部屋で、大国主は見事な調度品と美術品に囲まれ、悠々と執務をこなしていた。大国主は立派な男性で背が高く、その佇まいに風格がにじみ出ていた。大国主は仕事の合間には子供と遊ぶなどし、これから起こる惨めな運命など微塵も感じさせないほど、それはそれは幸福な時間だった。  大国主は午後の仕事が一段落すると、今日も何時ものように家来にお茶を入れさせ、顔をほころばせてアシハラ産の高価なお茶の香りを楽しんでいた…… すると突然、尋常でない大声が聞こえた。至福の時間を邪魔された大国主が、顔をしかめ怪訝そうに様子をうかがっていると、すぐに家来の一人が部屋に駆け込んで来た。 「なにごとだ?」  不愉快な様子で問いただした。 「ア、アマトの鳥船が……」  家来はオロオロとしながら海の方を指差した。その只ならぬ様子に大国主は急いで神殿の外に出た。するとイズモの明媚な渚に異変が起きていた。多くのアマトの鳥船がすぐ沖合の上空で静止し、ゆっくりと整列しつつ有るのが見えたのだ。中央にひときわ大きく派手な鳥船が一隻、その左右に中型の鳥船が数多くいた。さらにその後方に、前後に金具を付けた鳥船が多数浮かび横一列に広がって整列し、次々と前後の金具を蕾のように丸く大きく広げていた。 (まさか……)  大国主の表情はこわばり全身がざわついた。威厳を備えた不動の姿勢で鳥船を凝視する大国主の周囲に人が集まり始めた。皆不安そうな面持ちで、落ち着かなそうに事態の推移を見守っていた。  旗艦の操縦室のカガミに一人の男が大写しになった。威厳を感じる壮年の男で周囲の男とは一線を画す風貌だった。  カガミを確認した白い男が総大将に伝えた。 「この男が大国主です。」  総大将の女が眉間に皺を作り、カガミに映る大国主を値踏みしていると乗組員の声がした。 「船外拡声機と集音機の準備が出来ました。」  浜辺には大勢人が集まりつつ有った。また護衛の兵も数多く出て来ていた。集まった群衆がざわつきながら鳥船を見上げていると、中央の最も大きい鳥船から、バカでかい音量で女の声が鳴り響いてきた。 『お集りのアシハラの諸君。わらわはアマト帝国の王族ミキヨミである。大国主に非常に重要な用事があり、国を代表し唐突に訪問させてもらった。これからその用件を伝えるので、心して聞くが良い。』  無礼な物言いに大国主はムッとしたが、押し黙り次の言葉を待った。 『アマト帝国の大御神様は、重大な御神託を賜わされた。その内容とは「アシハラは国が多く諸王はわがままである。近い将来に内乱が発生するが、大国主はそれらを押さえる事が出来ない。やがて大乱となり大きな災いを引き起こすだろう……」と。』  大国主は顔をしかめた。心当たりは無い事も無いが、余計なお世話だと言いたかった。 『そこで、わがアマト帝国は、アシハラの平和と安定のため、大国主に代わりアシハラ百余国を直接統治する事を決定した! 大国主よ! アマト帝国に国を譲るがよい!』  それは予想を遥かに超えた余りにも一方的な用件だった。 「ふざけるなー!」 「ばかやろー、シネー!」 「かえれー、 か え れ!」  集まった群衆による罵声と怒号の大合唱が始まった。しかし大国主は言葉を発することが出来ないでいた。 (国を譲れとは言語道断! だが、対応策は有るのか……)  家臣の一人が「攻撃しますか?」と聞いて来たが「待て」と制止せざるをえなかった。豊かな王島を支配するアマト帝国は、強大な軍事力を持っていた。全面戦争になれば、アシハラ連邦国が不利な事は明白だった。大国主は表情を歪ませ、必死の思いで対応策を模索していた……  大国主に動きが見られないと、また女の声が響いてきた。 『大国主よ、迷っているのか? では、良い物を見せて進ぜよう……』  その思わせぶりな言葉に、群衆が発していた怒号が小さくなり、そして静まった砂浜に甲高い声が響き渡った。 『轟け! ミカヅチ!』  すると後方に横一列に整列していた鳥船の、銀色に輝く前後の丸い蕾状の大きな電極から幾つも強い光りが発せられ、その瞬間、海面に一斉に雷が落ちた!  落ちた雷は一本だけでは無かった。バリバリバリーと大きな音が鳴り響き、電極から連続して何本も雷が海面に落ち続けた。砂浜の群衆は度肝を抜かれ悲鳴を上げた。飛び上がり腰を抜かす人も居た。そして群衆は、ただ呆然とその光景を眺めていた。 (こ、これが噂の新兵器、アマトのミカヅチか……)  美しかったイズモの海に、幅1キロメートルほどの巨大な雷の瀑布が出来ていた。大国主の表情が、さらに引きつり苦悩で歪んだ。ミカヅチが発するバチバチという轟音が辺り一面に鳴り響き、途切れる事の無い閃光で海は煮えたぎった。そのさまは、巨大な逆鉾や剣が海面に突き立てられ、光り輝き並んで踊り狂っているようにも見えた。 『アハハハ。』  ミカヅチの音を打ち消すほどの、女の甲高い笑い声が鳴り響いた。 『これだけ壮大なミカヅチは滅多に見られない。喜んで貰えたかな? では、さらに良い物を見せて進ぜよう……』  思わせぶりな沈黙が続き、群衆は怯えた顔で空に浮かんでいる鳥船を見上げた。 『いでよ! オン戦士!』  旗艦の左右に浮いていた鳥船が、前方に移動し下降して海岸に近づいた。そしてゆっくりと横向きになった。砂浜の群衆は、それを見てまた悲鳴を上げた。甲板には身長3メートルを有に越える巨躯で異形の戦士が大勢立ち並んでいたのである!  オン戦士は全身の肌を赤や青の原色に染め、顔に派手な戦闘化粧を施していた。しかも角の付いた兜をかぶり、巨大な武器を掲げて巨大な肉体をこれ見よがしに誇示し、歯を剥き出しながら大国主や砂浜の群衆を睨め付けていた。100メートル近い長さの甲板に、ずらりと何列にも並ぶオン戦士は、まさしく巨大な悪魔か悪鬼の大群であった。 (なんと禍々しいアマトの巨人兵か…… 巨大鳥船、ミカヅチ、オン戦士…… どれもアシハラには無い。これでは戦いにならない! どうすればよいのだ!)  大国主は目を見ひらき、唇を噛み締めて拳を握りしめた。全身がこわばり全身に冷たい汗が流れた。だが何も妙案は何も浮かんでこなかった。  大国主が沈黙していると、神経を逆撫でするような声がまた響いた。 『大国主よ、何を悩んでいる? いたずらに血を流す事は我らも望まぬ。そこで最後の助言をしよう、貴殿の選択肢は二つしか無い……』  群衆が静まり返えると、大音量で恫喝する声が響いた。 『服従か! 死か! どちらを選ぶのだ大国主よ!』  その声は空気を振るわし、何度も海辺に反響するように聞こえた。  強者の要求はいつの時代も残酷である。砂浜に居た群衆は、もはや叫び返す事は出来なかった。すがる様な目で大国主を見たが、そこに見えたのは、いつもの威厳に満ちた大王の姿では無かった。大国主は焦燥感を隠せず、別人のように立ちすくんでいた。  オン戦士を乗せた多数の鳥船は、さらに砂浜に近づいて来た。雷の瀑布は中央で割れ、神殿を包囲するようにゆっくりと左右の海岸に近づいていた。大国主は振り返り背後を見た。そこには神殿の戸口で不安そうに鳥船と大国主を見つめる家族の姿が有った。  絶望はさざ波のように広がった。あちらこちらから、すすり泣く声が聞こえてきた。  沈黙の時は過ぎ、とうとう大国主は力なく頭を垂れ、崩れる様に膝を地面に付けた…… 帝国の時代  アマト帝国によるアシハラ攻略は、無血による国譲りという最高の形で終わった。大国主の判断に異を唱え抵抗した諸王も居たが、アマトの軍勢により赤子の様にねじ伏せられ、最後はみじめに許しを乞うた。大国主の一族は、アシハラを譲った功績により存続を認められた。さらにアマトは大国主の要望を聞き入れ、イズモの地に立派な高層神殿を建てた。ただ大国主は、政治に関わる事をいっさい禁じられ、大国主一族はそこで隠れるように暮らすことになる。  アシハラを譲られたアマトは、イズモを含む細長い陸地「ワコク」に拠点を作った、そしてアシハラの大河の河口付近に、巨大で荘厳な神殿を建造した。そこは「ニナト」と呼ばれ、アシハラの新首都として発展していくことになる。アマトはアシハラを手始めに、急がず着実に世界各地に支配を広げて行った…… ——アマト帝国が存在したのは、もちろん有史以前である。  それは現代人が最終氷期と呼ぶ時代であった。氷河期の地球は、気温が低い時代が何万年も続き、雲が今よりも多く、寒冷地に降った雪は溶けずに積み重なった。その結果として、地球の高緯度は全域が分厚い氷に覆われていた。その氷は、厚さ3000メートルを超える氷の高原「大氷床」となって大地を覆っていた。北極圏の海も完全に氷に覆われ、グリーンランドも北アメリカ大陸もユーラシア大陸も、完全に氷の大地で繋がっていた。  この大氷床に降った雪の元は、海から蒸発した水分である。そのため、海面が今より120メートルも低くなっていた。氷河期時代は、今は海面下の大陸棚が広大な陸地として世界各地に存在しており、アフリカ大陸とユーラシア大陸は、海で分断されておらず地続きと見なされていた。つまり、氷河期の地球には「大陸」が一つしか無かったのである。  海は今とほぼ変わりがない。大陸の東に最も大きな海「大海(太平洋)」が存在し、大陸の西に地球で2番目に大きな海「アマト海(大西洋)」が存在していた。アマト本国があった地球で最も大きな島「王島(おうしま)」は、それらの海に囲まれて存在していた…… そう、アマト帝国が存在した王島とは、現在の南米大陸である。  この大陸とも呼べる巨大な王島に、初めて国が誕生したのは国譲りから3万年ほど前の事である。新天地を求め、海を越えてこの島に移住して来た少集団がその始まりだった。王島は赤道直下に有り、寒冷な氷河期でも温暖であり太陽の光にも恵まれていた。更に地下資源も水も豊富だった。当初は人口も少なく村のような国だったが、後にアマトとなった民は勤勉で努力家だった。恵まれた国土でひたむきに努力し、大河の河口付近に首都を作り、3万年もの永きに渡り着実に国を発展させたのである。  国は発展し、やがて国名を「アマト」とした。人々は光を万物の根源と理解し、光をもたらす太陽を神の象徴として崇め、太陽を「アマ」と呼んでいたからである。アマトの民は自らを太陽の子「アマジン」と称した。そしてアマトの大王は、もちろん太陽の化身とされ「アマテラス」と呼ばれた。  アシハラを併合したアマト帝国は、その後も世界各国に攻め入り支配地を広げて行った。世界は氷河期の終わりに近づき、少しづつ海面が上昇し始めていた。それゆえ国土を失った国や民衆が、各地で争いを引き起こしていた。アマト帝国はそれらの紛争に積極的に介入した。その行動は一方で感謝され、もう一方で非難された。もちろんアマト帝国は、それを超大国としての義務であり正義だと考えた。アマト帝国は世界の紛争を力で解決し、それらの土地を次々と実効支配した。アマト帝国は、広大な領土を10人の王が分割して統治する体制を取り、着実に世界統一を進めていった。 ——そして、アシハラ国譲りより4000年の時が流れた。  アマト帝国の10王が統治する領土は、すでに世界の陸地の半分以上に達していた。更にアマト帝国は、90%以上の海洋を実質的に支配し、全世界の空も縦横無尽に飛び回っていた。もはや、アマト帝国がそう遠く無い時期に、全世界を支配する事は誰の目にも明らかだった。  アマト帝国は世界一の超大国として君臨し、比類無き繁栄を謳歌していた。王島の東に有るアマトの首都「帝都(ていと)」は、世界中から人が集まる世界最大の大都会とし繁栄し、昼夜を問わず人々でごった返した。帝都中心の宮殿や神殿は、例えようも無く荘厳で豪華絢爛であり、惜しみなく贅がつぎ込まれた。貴族は華麗さを競い、庶民もさらに豊かになり娯楽を求めた。その結果、軍事力や科学技術だけでなく、芸術文化も限りないほど発展し、人類が築き上げた眩いばかりの文明の輝きが、アマト帝国の隅々まで満ちあふれていた。  鳥船もさらに進歩していた。最先端の鳥船は大気圏外にも飛び出し、宇宙開発も始まりかけていた。全世界の人々は、アマトという言葉に恐れと畏敬の念を抱いた。当時の人々に取ってアマトは、世界の空と海を支配する神のごとき存在だった。  アマト帝国は、最強の戦士と最高の科学と最高の文化を有し、まるで神のように、大地と、大海と、天空に君臨していた!  しかし……アマト帝国の繁栄と相反するように、氷河期はさらに末期に近づき、気象変動も海面上昇も拡大しつつあった。また、アマト帝国の高圧的な行動は、少なからぬ恨みも買っていた。アマト帝国に敵対する勢力が、世界中に存在していた。そして、光が強く輝けば輝くほど、光から取り残された暗い陰の部分が国内にも生み出されていた。ただそれらは、多くが社会的弱者だった。取るに足らない無視できる勢力だった。アマトの輝きは、微塵も揺るがないと思われていた…… ——だが、そんな繁栄の中でも、得体の知れぬ底知れぬ危機を感じ、密かに活動している人がいた…… 第1章 ワコクの王  ワコクはアシハラの東北のはずれで、大陸から見れば辺境の地だったが、帝国に取って特別な地域だった。それは、大陸進出の拠点であり、砂鉄という貴重な資源がワコクから得られたからである。そして今は、ワコクには10王とは別の王が居た。その特別な王が住んでいたのが、ワコクの東部の街「カシマ」である。カシマは、すぐ東が大海であり西に大きな湖があり、その間の丘陵地に、街も基地も飛行場も作られていた。 赴任してきた男 ——鳥船の客室に目的地が近づいた事を知らせる放送が流れた。その客室は300ぐらいの席があったが、春の行楽と転勤シーズンでもありほぼ満席だった。この鳥船はアマト本国からワコク行きで、客室は3階建てで総定員が500人ほどである。一番上の客室は特別室でゆったりして豪華だったが、ここは一番下の客室で椅子の間隔は狭く室内も質素だった。 最初の停船地であるワコク東部の街カシマに近づき減速が始まり、身体を動かし長旅の疲れをほぐす客や、下船準備をする客などで客室がざわつき出し、寝ていた一人の男が目を覚ました。 「……もうすぐ着くのか。」  その男は、ぼんやりと前方のカガミを見た。カガミには海と陸地と、小さな街が映っていた。 「やっぱり小さいなあ……」  カガミに映っていたのは、ワコクの東部に有る小さな街「カシマ」である。この男は30歳ぐらいで、品の良さも感じるが眉が太く目が少し窪んでいる庶民風の顔をしていた。ただ髪の毛は白に黒が混ざり庶民と大きく異なっていた。この男の名をリュウ・ナル・テンドウという。カシマに赴任するためアマト本国から鳥船に乗って来ていた。  テンドウは新天地にもうすぐ着くというのに、余り嬉しそうでなかった。その訳は、テンドウは最近まで10年間も神官の修行をしていたが、少し前に挫折を感じその道を諦めていた。そしてカシマ基地の役人に運良く採用が決まったのである。10年という歳月は短くは無かった。テンドウは空回りし無駄に思える人生を振り返り、また小さくため息を付くと、周囲の喧噪をよそに椅子にもたれまた目を閉じた。 (ふ……、若い頃は何か重大な事を成さなければならない。自分には何か大事な使命が有る。そう思っていたけど何も出来なかったなあ…… とうとう田舎の役人かあ。今日からここで、下級役人として一生過ごすんだろうなあ…… ハァ)  テンドウは小さくため息を付いた。客室のざわつきは大きくなり、鳥船はゆっくりと速度を落とし下降を続け、カシマ飛行場に着陸しつつあった。  春のカシマ飛行場には、穏やかな日の光が降り注いでいた。そこは一面の草原で、多くの黄色い野の花が咲き、草や花は風に揺れていた。カシマ飛行場は、便数は一日数便と少なく、飛行場と言っても広い草原に管制塔や格納庫が点在するだけである。ただその草原には、土がむき出しになった長い線が何本も引かれていた。<注> <注 鳥船は電気の力で空を飛び、空中静止も難なくこなし離着陸も垂直に出来た。空気力を使わないため周囲に突風を巻き起こす事も無い。よって離着陸には、現代の飛行機に必須の整地された平坦の滑走路は不要であり、必要最小限の着陸スペースがあれば事足りた。しかし、それだけだと色々と運行に不便なため、広い敷地を確保し地面に線を引き、溝を掘ったり大きな石を並べたりして誘導路や目印にしていた。>  カシマ飛行場に定期便が到着する時間が近づき、空にポツンと小さい黒い点が見え、それはみるみる大きくなった。大勢の乗客を乗せた鳥船は、ぐんぐん高度を下げながら飛行場に近づき、船底を見せるとゴーンゴーンという動力音を発しながら減速していた。そして鳥船は草原に引かれた線に沿うようにゆっくりと進み、飛行場の中央の地面から5メートルぐらい上空できれいに静止した。鳥船はそこからゆっくり垂直に下降し、接地のショックを微塵も感じさせないぐらいに見事に接地した。すると、すぐに動力音が小さくなり、到着を知らせる鐘の音が鳴り響き、鳥船後部の扉が開き手際良く階段が降ろされ、中から大勢の人が降りてきた。  テンドウは大きなバッグを担いで客室から出て来た。そして階段を降りると立ち止まり、ぼんやりと周囲を眺めていた。 「ほんとに何もないなあー」  周囲に見える高い建物は、巨木を使った管制塔ぐらいだった。西に街が見えたが、本国からみればただの田舎町に見えた。それ以外は畑や林の中に建物がまばらに点在しているだけである。北に低そうな山と、鳥船の格納庫がいくつか見え、西の街の上に雪を被った山の頂が見えた。 (まあこれは、のどかで自分に合っているかもな……)  テンドウは自嘲気味に、この田舎が自分に向いてるかも知れないと思う事にした。そしてすぐ近くの管制塔に向かってのんびり歩き出した。ところがテンドウはここワコクで、想像もしなかった事態に追い込まれる事になる…… ……………… 改稿のためここまでになりました。乞うご期待。 ……………… 概要は http://www.pipi.jp/~exa/amato/amato.html