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UFO
研究と挫折
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| ここもほとんど個人的な回想です、ヒマならどうぞ ・UFO研究 UFOを作ると言っても、全くの手探りです。手がかりと言えば目撃情報と、UFOに乗ったと言う人たちの曖昧な情報だけでした。 その情報も信頼出来るかどうかも分かりません。そんな中で研究は始まりました。 最初は、とにかく静電気やプラズマなど関連有りそうな本を読みました。 また、UFO情報もアダムスキーとそれに近いコンタクティー達の情報に絞りました。 その結果予測出来たのは、UFOは機体周辺にプラズマらしき物が存在してる事、磁気が重要らしい事でした。 ここまでは、UFOの推進原理に興味を持った人ならば、誰でも到達出来ると思います。私もここまでは1〜2年ぐらいだったと思います。 それを元に推進システムを想像する分けですが、大変なのはこれからです。いろいろなパターンを想像しましたが、 どれも成功しませんでした。簡単な実験は何とかできたのですが、本格的な実験は非常に困難だったのです。 まず、プラズマの発生が出来ません。強力な磁界も作れません。実験装置は有る事は有りますが、とても高額で手が出る金額では有りません。 悩んだ末、母校の先生に協力をお願いして、電気工学科の実験設備を借りさせて頂いたのですが、その実験で感じたのは認識の甘さでした。 プラズマを閉じ込める磁界なんてとても作れません。核融合並みの設備が必要と感じました。協力して頂いた先生にはとても感謝しております。 その後も研究は続くのですが、アイデアのまとめにしかならず、ずっと停滞することになります。ソフトウェアの仕事を自営でしてたので、 それを資金にしていたのですが、結局は実家の世話になり細々とソフトウェアの仕事をしてました。 特に成果も出ず10年以上の月日が経ちました。 さすがにそれぐらい成果が出ないと、絶望した様な気持ちになって行きます。やる気も無くなってきます。 自分は能力も有り頑張っているのに上手く行かないのは、環境が悪い国が悪い周りが原因だと思う様になっていました。 増々救われない気分がしていました。そんな生活がしばらく続きます。 転機は農業を通じてある人達に有ってからですが、もう一度心機一転やり直そうと思いました。自分には、やっぱりUFO開発しか無い。 そう改めて認識し、スタート位置に戻り、 UFO開発を仕事の中心にする事に決めました。 それから、昔と同じ様な研究になったのですが、大きな違いは実験設備です。 真空槽と真空ポンプを使う事で簡単に放電実験が出来る様になりました。インターネットの発達で、実験に使う器具が簡単に手に入りやすくなり、 これが功を奏しました。情報もインターネットで豊富に集まる様になりました。 やはり研究は実験第一です。研究は失敗する事で進歩します、そして理解が深まります。 UFO推進原理の重要なヒントはこの中から生まれました。 <UFOうら話> 実は、初期の頃にUFO研究会でコンタクティーの講演を聴いて思い立ったのですが、UFOを呼べるかどうか試してみた事が有ります。 毎日会社の昼休み時間に外に出て空を見ていました。一ヶ月後ぐらいに、直径50cm〜1mぐらいの小型円盤が現れました。 距離は100mぐらい先で高さは50mぐらいだったと思います。すぐ消えましたが全身に鳥肌が立つ様な気分で、汗が出まくった事を思えています。 次の日も同じ場所に行ったのですが、なんと昨日UFOが居た全く同じその場所に!自衛隊のヘリがホバリングしていました・・・ これは恐かった。 こういう時の自衛隊は不気味過ぎます。 また、テレパシーらしき物も受信した事が有ります。はっきりと映像が見えます、目を開けても見えます。そしてぷつんと切れます。 テレビ放送みたいでした。ただ私はUFOを間近で見たり乗った事は有りません。UFOを直接間近に見てしまう事は、 なんかズルするみたいでイヤだったのです。そのテレパシーも拒否して一回で終わりでした。宇宙人さんすいませんでしたー(汗)。 2009.9.27
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なぜUFOなのか UFO研究と挫折(このページ) |